Research 04 散逸ナノ構造の発見と分子組織化学のイノベーション

自己集合(self-assembly)は、静的な自己組織化(static self-assembly)と動的な自己組織化(dynamic self-assembly)の2つに分類されます。前者は熱力学的平衡近傍での自己集合であり、後者は熱力学的平衡から遠い条件で物質が自発的にパターンや構造体(散逸構造)を形成するもので、TuringパターンやBernerd対流をはじめとするマクロな構造形成現象が知られています。従来の分子集合化学や超分子科学は前者の熱力学的平衡、すなわちstatic self-assemblyを拠り所として発展してきました。一方、細胞内の生命現象は、細胞膜という界面に支配された非平衡化学系を舞台としながら、分子認識などの熱力学的平衡現象を要素とする分子システムから成り立っています。ここで、非平衡状態を舞台とする分子の自己組織化が、どのような特徴を有するのか明らかにし、さらにその物質科学的な展開をはかることは、化学における未踏分野のひとつです。特に、非平衡状態(あるいは未平衡状態)における動的な自己組織化プロセスを利用し、熱力学的平衡状態においては得られない特異な形状や性質を有するナノ構造・材料を構築するための方法論を開拓することは大きな意義があると考えられます。このためには,エネルギーあるいは物質の流れの中でのみ形成される秩序構造“dissipative nanostructure”を見いだすことが出発点となります(Figure 24)。

Figure 24. Static self-assembly と Dynamic self-assemblyにおけるスケール

非平衡状態における分子の自己組織化を探求するためには、液―液界面を介した分子の拡散(流)と分子集積化現象を組み合わせるアプローチが考えられました。私たちは、非平衡条件における金属錯体の動的自己組織化を利用したナノ材料開発という観点から、水―有機溶媒界面におけるAu(OH)4–錯体の構造形成について検討をすすめました。興味深いことに、Au(OH)4–錯体水溶液と脂溶性アンモニウム塩のクロロホルム溶液のなす界面に紫外光を照射すると、発達した金ナノワイヤーが形成されました(Figure 25)。一方、予め両相を激しく攪拌して熱力学平衡に達せしめた後に光照射すると、金ナノ粒子しか得られないことが判りました。すなわち、水―有機界面で形成されたAu(OH)4–/脂溶性アンモニウム塩のイオン対が、濃度勾配を駆動力として水相へナノワイヤー状集合体として生長し(散逸ナノ構造)、この構造が界面近傍で光還元されて金ナノワイヤー構造を与えたことを示します。この結果は、ナノレベルの散逸構造が存在することをはじめて示した成果です。

Figure 25. 液―液界面におけるナノレベル散逸構造(散逸ナノ構造)の発見 T. Soejima, M-a. Morikawa, N. Kimizuka, Small, 5, 2043 (2009).

従来、静的な自己組織化(static self-assembly)は化学や生物学において、熱力学平衡支配の分子組織化現象として研究されてきました。一方、非平衡条件下における動的な自己組織化(dynamic self-assembly、 self-organization)は、巨視的な構造形成現象であり、物理学の研究分野でした。私たちが見いだしたナノレベルの散逸構造は、非平衡条件下における分子のstatic self-assemblyによってもたらされており、非平衡科学における新しい研究領域を拓くものと位置づけられます(Figure 26)。

Figure 26. 散逸ナノ構造のstatic self-assembly、 dynamic self-assemblyとの位置づけ

散逸ナノ構造の概念は、巨視的な液―液界面における非平衡条件を背景とする分子の自己組織化という新しい視点を与えるものですが、一方、均一系においても非線形性のある自己組織化プロセスは顕在するものと考えました。

そこで我たちは、金ナノ結晶の形成を “酸化還元反応を伴うAu3+イオンの動的自己組織化”という視点で捉え、Au(OH)4‒錯体の還元による集合反応と酸化溶解の2つのプロセスを同時に行いました。金属ナノ結晶においては、結晶面における性質(反応性)が異なるために、その界面における化学平衡現象に非線形性・協同性が発現する可能性があると考えたためです。その結果、ナノプレートにナノサイズのクレバスが入った花冠状やプロペラ状構造など、特異な構造を有する単結晶金ナノプレートを合成することに成功しました(Figure 27)。このように、イオン・原子レベルの動的自己組織化現象を利用して、従来では得られない特異なナノ構造を有する金属ナノ結晶材料を創製することが可能なことを明らかにしました。

Figure 27. 金属ナノ結晶の形成を、ナノ界面の性質を反映した自己組織化現象と捉えることにより、特異なモルフォロジーを有する金ナノ結晶の形成に成功。