特色
研究室に配属された学生さんには、まず基本的な有機合成について経験を積み、新しい分子ブロックや機能分子のデザインと合成に着手してもらいます。ひとりひとり異なる研究テーマに取り組んでもらいますが、テーマによって、π電子系化合物、様々な分子組織体、金属錯体、金属(半導体)ナノ粒子やイオン液体などの多岐にわたる物質群を合成の対象とします。君塚研での研究経験は、将来、どの研究・技術分野に進んでも必ず役に立ちます。
皆さんが卒業論文・修士論文研究などで得た研究成果は、基本的に学会(全国大会)で発表し、プレゼンの仕方(スライドの構成、発表の仕方など)を身に着けることができます。検討会での英語発表(少なくともイントロ部分)や、英語による論文執筆についても学びます。修士課程以上になると、海外で研究発表する機会は希ではありません。これらの経験は、将来、皆さんが世界のあらゆるステージで活躍する上で必ず役に立ちます。
基盤研究(S)の研究は、我々の研究室のみならず、いくつかの研究グループと連携しながら推進します。応化内では藤川茂紀グループ(九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所)、楊井准教授グループ(R04年度より君塚研から独立)と、また学内では九州大学理学研究院・宮田 潔 助教、恩田 健 教授グループ(超高速光化学)、学外では分子科学研究所・江原正博 教授グループ(理論化学・量子化学)と連携します。それ以外にも国内・海外の有力研究グループ、企業の研究所と共同研究を推進しています。また、当研究室では国内外から博士研究員が常時参画しており、日常的に英会話をつかう(学ぶ)機会が多いのも大きな特色です。
研究概要
私たちは、有機分子、高分子、生命分子(生命小分子・生体高分子)、光機能性分子、金属錯体、無機化合物、金属ナノ結晶などの様々な分子(ナノ)ブロックを対象として、いろんな機能を有する分子組織構造(ナノ構造)が“ひとりでに(自発的に)”創りあげられる自己組織化を研究対象としてきました(Fig.1)。これまで培ってきた「分子組織化の方法論」を基盤とし、高度な機能を有する分子システムの開発研究を進めています。
分子の自己組織化
適切に分子設計されたコンポーネント分子が、ひとりでに高次構造を作り上げる現象です。私たちの体や細胞、細胞器官 (オルガネラ)も、生命分子、生体高分子が自己組織化することによって、自発的に“秩序”のあるナノ構造を形成しています。この生命における自己組織化原理を化学の力で展開し、さながら分子をレゴブロックとして、部品(分子)が自ら優れた機能構造をくみ上げていくプロセスを実現することは、 “分子組織化テクノロジー”といえます。分子の自己組織化に基づいて構造秩序性を有する分子組織や超分子構造を構築することは、「分子組織化学」の基本概念であり、「超分子化学」もこれを利用しています。
分子システム化学―分子組織化フォトン・アップコンバージョンの化学を例に
チラコイド膜やミトコンドリア内膜などの生命分子システムにおいては、熱力学的なエネルギーランドスケープの極小を指向する静的自己組織化現象と、ATP合成に代表される熱力学的にuphillなプロセスを動的に共役させています。この生命における分子システム機能は、 “熱力学エネルギー最小の原理 “に支配された従来の分子組織化学や超分子化学の延長上では実現することが困難です。すなわち、自己組織化による構造形成に加えて、分子システム化学という新しい視点が必要なのです(Fig.3)。
私たちは、分子システム化学を「分子の自己組織化と“有用な仕事”を生み出す物理・化学的現象を時間的・空間的に共役組織化するための化学」と定義します。自己組織化を有用な仕事に結びつけるためには、複数の機能構成要素の分子組織化に基づいて、それらの基底状態,励起状態や遷移状態を含めたエネルギーランドスケープを分子レベル制御する技術が必要であり、それを具現化することを目標に、「分子組織化を利用するフォトン・アップコンバージョン」を想起しました。
三重項―三重項消滅(triplet-triplet annihilation; TTA)を経るアップコンバージョン(TTA-UC)は、太陽光レベルの比較的低強度の励起光を用いてアップコンバージョンを観測できる機構として注目を集めています。このTTA-UCでは、ドナー(増感剤)とアクセプター(発光体)をペアで用います。まず光を吸収して三重項励起状態(T1, Fig. 4)となったドナーがアクセプターに三重項エネルギー移動します。これにより生じた励起三重項にある2つのアクセプター分子が溶液中を拡散して衝突すると、そのうち1分子が三重項状態よりも高い励起一重項状態となり、この励起一重項状態から高いエネルギーの発光を発します(Fig. 4)。
分子組織化フォトン・アップコンバージョンの着想
TTA機構によるアップコンバージョンでは通常、ドナー、アクセプター(発光体)として働く2種の色素分子を有機溶媒に溶解させます。まず光を吸収して三重項励起状態となったドナーがアクセプターに三重項エネルギーを移動し(TTET)、これにより生じた励起三重項にある2つのアクセプター分子が溶液中を拡散して衝突すると、そのうち1分子が三重項状態よりも高い励起一重項状態となり(TTA)、アップコンバージョン発光を発します。すなわち、低いエネルギーしか持たない2つの光子を用いて、より高いエネルギーの1つの光子を生み出すことになります。
これまでの研究では、ドナーとアクセプターを溶液やポリマーに分散させ、色素分子の拡散と衝突によりエネルギー移動を起こしていましたが(Fig.5左)、応用上重要な固体状態では分子拡散が制限される、励起三重項状態が酸素により失活するため空気中ではアップコンバージョンが起こらない、といった問題点がありました。そこで我々は、従来のような媒体中における色素分子の拡散衝突に基づくTTAを用いるのではなく、色素分子の分子凝縮系あるいは自己組織化系において、色素分子間の三重項エネルギーマイグレーション(三重項励起状態の拡散)に基づく分子組織化フォトン・アップコンバージョンが可能な、様々な分子システムを開発してきました(Fig.5 右)。
このように、分子の静的あるいは動的な自己組織化から有用な分子システム機能を導き出すための方法論を開拓することは、学術的に重要な課題であり、未来社会を支える分子テクノロジー、エネルギー変換材料をはじめとする様々な分野に応用可能な学術的基盤を与えることが期待されます。