Research Project based on the Grant-in-Aid for Scientific Research (S)
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光エネルギーの高度活用に向けた分子システム化技術の開発
基盤研究(S): 課題番号 20H05676

プロジェクト概要

科学研究費助成事業 基盤研究(S)プロジェクトにおいては、理論化学(分子科学研究所・江原正博 教授)、超高速光化学(九州大学理学研究院・宮田 潔 助教、恩田 健 教授)、ナノ(or メタ)界面科学(九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所 藤川茂紀 教授)ならびに研究室メンバーの力を合わせて研究課題に取り組みます。

背景・目的

チラコイド膜における光機能性分子の高度な分子組織化は、光合成において微弱な太陽光エネルギーの効率的捕集と高度活用の基盤を与えています。一方、半導体光触媒や太陽電池などの光エネルギー変換材料・デバイスにおいては、太陽光の一部の波長領域しか利用できない問題があります。この問題の解決をはかるための方法論として、
(1)ひとつの励起一重項状態から2つの励起三重項状態を生み出すフォトン増幅プロセス“シングレット・フィッション(SF)”ならびに
(2)三重項―三重項消滅 (TTA)機構に基づく“フォトン・アップコンバージョン(TTA-UC)”
が注目されます。

Figure 7. 1. シングレットフィッション(FS) ならびに2. 三重項―三重項消滅機構によるフォトン・アップコンバージョン(TTA-UC)、太陽光のスペクトルとアップコンバージョン応用分野(例)

1.分子組織化TTA-UCの広波長域化

フォトン・アップコンバージョンを利用して、これまで活用出来なかった低いエネルギーの光(近赤外光など)を高いエネルギーの光(可視光など)に変換できれば、太陽電池や水の可視光分解(水素エネルギー製造)をはじめ、太陽光の利用効率が飛躍的に向上する可能性があるため、世界中で活発な研究が行われています(Fig. 7)。本研究では、近赤外光(NIR)領域から可視光(VIS)領域、VIS領域から紫外光(UV)領域へのTTA-UCを、精密な分子組織化に基づき固体をはじめとする分子凝縮系で実現することを目指します。

2.低強度の励起光を増強してTTA-UCを起こす方法論の開拓

今後のフォトン・アップコンバージョン材料研究においては、低い励起光強度において効率よくTTA-UCを実現することが極めて重要な課題です。そこで、本研究においては、ナノギャップ・プラズモニクスと自己組織化UCの融合により、低強度の励起光を増強してTTA-UCを起こす方法論を開拓します。

3.分子組織化シングレット・フィッション(SF)の開拓

デザインされた分子の自己組織化に基づいて高効率のシングレット・フィッション(SF)を実現する“分子組織化SF”は、未開拓分野です。
SFを効率化するためには、(i)三重項対の形成を効率化するための“分子配列における対称性の崩れ”と、(ii)生じた2つの励起三重項状態の再結合を防ぐ三重項エネルギー拡散の両者を満足する必要があります。分子組織化の概念をシングレット・フィッション(SF)分野に展開するにあたり、私たちはSF発色団のキラルな自己組織化に基づいてSFにおける三重項励起子への分裂を促進・制御する方法論の開拓を目指します。得られたキラル発色団集積構造の示すSF特性を超高速分光により評価し、キラル組織化の効果を解明します。

期待される成果と意義

デザインされた分子組織化に基づくNIR→Vis、Vis→UV領域における分子組織化TTA-UC、分子組織化SFの実現を通し、分子組織化を基盤とする励起三重項機能の制御と光エネルギーの高度活用に資する学術「分子システム化学」を創成することは、本プロジェクトならではの目標です。精密分子組織化技術に基づく分子システム化学は、光機能の関わる材料化学にイノベーションをもたらすものと期待されます。

研究成果

分子組織化とフォトン・アップコンバージョンの融合―励起三重項状態の分子組織化学

私たちは分子の自己組織化に基づく励起三重項エネルギーマイグレーションを利用して、様々な分子組織化TTA-UCならびに、ドナー(D)-アクセプター(A)システムを開発してきました(Fig.8)。

Figure 8. 分子組織化フォトン・アップコンバージョンと新しいD-Aシステムの開発

【1】分子凝縮系(π電子液体系)アップコンバージョン分子システム

室温で液体のアクセプター分子を用いることにより、揮発性有機溶媒を用いずにTTAフォトン・アップコンバージョンを達成できることを見いだしました(Fig. 9)。これは溶媒を含まないπ電子系液体でアップコンバージョンが観測された初めての例です。また、従来TTA機構によるフォトン・アップコンバージョンにおいては、励起三重項状態が空気中の酸素によって失活するという致命的な問題点がありましたが、分子凝縮(液体)系を利用すれば溶存酸素の存在下においてもアップコンバージョンが実現できることを明らかにしました。

Figure 9. 無溶媒π電子液体において初めてアップコンバージョン発光を観測

【2】有機ナノファイバー(低分子ゲル)中へのドナー・アクセプター分子の疎媒性相互作用を駆動力とするとりこみ(自己組織化)と大気下フォトン・アップコンバージョン

TTA機構によるフォトン・アップコンバージョンには、励起三重項が空気中の酸素によって消光されてしまう致命的な問題点がありました。そこで我々は、超分子ゲルファイバー中に色素分子を密に集積することで、空気中でもTTA-UC発光を発現できることを見出しました。超分子ゲルを形成する際にドナー、アクセプターを加えておくだけで空気中においてTTA-UCを観測でき、色素の種類を変えることで近赤外光から可視光、赤色光から緑色光、緑色光から青色光、可視光から紫外光への波長変換を達成しました(Figure 10)。

Figure 10. 超分子ゲル中において大気下であるにもかかわらずアップコンバージョン発光を観測(分子組織体による酸素バリア能を発見)。
J. Am. Chem. Soc., 2015, 137, 1887.

【3】アクセプター分子膜(有機溶媒中)

アクセプター分子に親媒部(アルキル鎖)と疎媒部(ジフェニルアントラセン発色団)を導入して自己組織性を付与することにより、理想的なアップコンバージョン系の構築に成功しました(Fig. 11)。このアクセプター分子を極性有機溶媒(DMF)に溶解すると、自然に自己組織化して安定な分子膜を形成し、そのアクセプター分子膜中にドナー分子が疎媒性相互作用により効率よく取り込まれることを明らかにしました。また、アクセプター分子膜中においては、アクセプター基が高密度に配列しているため、励起三重項エネルギーが高速に動き回り、ふたつの励起三重項エネルギーが効果的に出会うことが判りました。その結果、太陽光程度の比較的弱い光(励起光強度)でアップコンバージョン過程を最適化することに成功しました。更に興味深いことに、分子膜中に導入された水素結合ネットワークは、酸素(溶存酸素)に対してバリア能を有し、酸素が存在してもアップコンバージョン発光がほとんど保たれる画期的な特徴を有することが明らかとなりました。

Figure 11. 自己組織性アクセプター分子膜中のエネルギーマイグレーションを利用する高効率TTAフォトン・アップコンバージョンシステム           Scientific Reports., 2015, 5, 10882.

関連論文

  1. Y. Yanai, N. Kimizuka, Acc. Chem. Res., 2017, 50, 2487-2495.
  2. P. Bharmoria, S. Hisamitsu, Y. Yanai, N. Kimizuka et al, J. Am. Chem. Soc., 2018, 140, 10848-10855.
  3. Y. Sasaki, A. H-Takagi, I. Ajioka, N. Yanai, N. Kimizuka et al, Angew. Chem. Int. Ed., 2019, 49, 17827-17833.