金属錯体は、金属元素の多様性と有機配位子の設計自由度を併せ持つことから、機能材料の優れた構築素子といえます。私たちは、脳神経(ニューロン)における自己組織化現象(Fig.5-1)をヒントに、一次元金属錯体を主鎖とするneuromorphic 超分子ポリマーの創成に取り組んできました。
究極のバイオコンピューターである脳は100億個のニューロン(神経細胞)からなると言われていますが、この神経回路における素子間の結合は、外からの刺激(学習)に応じた構造変化によって制御され、またこれらを構築する分子素材は代謝により絶えず作り替えられています(刺激応答性、学習機能、代謝・再生機能)。神経細胞は軸索(axon)と無数の樹状突起(dendrite)をもち、神経系のもつ可塑性は、細胞間の生体分子認識を基礎とする回路網の動的な形成によりもたらされています。ここで、軸索はミエリン鞘とよばれる脂質やタンパク質からなる分子組織体で被覆されています(Fig.6-1)。神経における興奮や伝導性の直接の担い手となるのは神経の細胞膜であり、軸索の一部に膜興奮が起こると、これにより生ずる脱分極は次々と隣接部に伝わってゆきます(伝導)。ここでミエリン鞘による被覆絶縁化がインパルスの高い伝導速度を達成するために必要と考えられています。このような脳の神経回路網の自己組織化に学び、動的に構築される人工素子やその回路網形成を、様々な分子素材を用いてボトムアップ(bottom up)にデザインすることは、新しいナノ材料の創出に繋がると期待されます。例えば電子的に共役したナノワイヤーを自己組織的に構築できれば、neuromorphilic機能ネットワークデバイスを設計するための基礎となるでしょう(Fig.16)。
一次元金属錯体は、一次元系に特有の電子状態や物性を示すことから、固体物性科学において構造と物性の相関が調べられています。これらは固体の中の単位構造として存在しますが、この一次元鎖を溶液系に取り出してナノワイヤーあるいは高分子として操作することができれば、従来にない自己組織性ナノ材料の創出と機能展開が可能になるものと期待されます(Fig.17)。
私たちは、一次元金属錯体の構造を溶液系で保つために、両親媒性を付与する新しい方法論を開拓しました(Figs.17, 18)。これにより、従来固体状態でしか存在しなかった一次元錯体を溶液に分散させることに成功しました。また、溶液系においては、超分子サーモクロミズム、超分子バンドギャップ工学、疎媒性収縮による低スピン型金属錯体の安定化、動的なスピンコンバージョンなど、従来の固体系錯体化学では知られていない新しい現象や機能を次々と見出しています(Fig. 19)。
すなわち、従来、バルク固体結晶において研究されてきた擬一次元金属錯体の電子物性、スピン状態や光機能などの物性は、溶液ナノレベル分散系においては、大きく異なり、脂質分子との分子組織化に基づきナノ界面の効果うけることを明らかにしました。このように、ナノレベル金属錯体の化学がバルク固体中と異なる電子的あるいはスピン構造を与えることは本研究以前には知られておらず、固体錯体化学と自己組織化の融合に基づくナノ金属錯体の化学分野を拓きました。
Reviews
- N. Kimizuka, “Self-Assembly of Supramolecular Nanofibers”, Adv. Polym. Sci., 2008, 219, 1-26.
- N. Kimizuka, “Soluble Amphiphilic Nanostructures and Potential Applications”, In Supramolecular Polymers, 2nd ed. Ed by A. Ciferri, Taylor& Francis, Boca Raton, Chapter 13, 2005, 481-507.
- 君塚信夫,“金属錯体を主鎖とする自己組織性ナノワイヤーの設計と動的機能”, 未来材料,2006, 6, 35-43.